気になる言葉、ありませんか?
ふだん何気なく耳にしている言葉遣い。ときどき、「ん?」と気になってしまう言葉はありませんか。最近、というか、ここ何年も私が気になってしかたがないのが、「させていただきます」です。
「させていただきます」は、他者の承認・許可・恩恵を前提にした「させてもらう」の謙譲語。以前なら、次のような使われ方が一般的でした(以下、青空文庫より引用)。
「少しばかり日頃の一家言といったようなものをお話させていただきます」(『芸術的な書と非芸術的な書』北大路魯山人)
「それでは、私、御指命を拝し、今宵、第一番の語り手たる光栄を得させていただきます」(『喝采』太宰治)
「ちょっとごめんやすしゃ、屏風拝見させていただきます」(『屏風祭』上村松園)
「是非此頃にお邪魔させていただきますわ」(『黒手組』江戸川乱歩)
「ひとつ、かういふことに致させていただきたいと存じます」(『盗まれた手紙の話』坂口安吾)
最近では、必ずしも他者の承認・許可・恩恵を得ない表現として多用されているようです。少し前も、あるセールスマンから、こんなメールが届いて吃驚しました。
「先日ご案内させていただきました○○の件、いかがでしたでしょうか。不明の点等ございましたら再度ご説明させていただきます。また、上司の○○も同行してご挨拶させていただきたく存じます。再訪の日時につきましては、改めて決めさせていただきますがいかがでしょうか。では、引き続き宜しくお願い申し上げます」
なんですか。「させていただきます」のセールスでしょうか(笑)。「させていただきます」の乱用は、使う人が一生懸命、敬意を表しているといっても、残念ながら慇懃無礼に感じてしまう、といったら言い過ぎでしょうか。代わりに「いたします」でも、十分な感じがしないでもありません。
弊社、近代セールス社は、主に金融業界で働く方向けに、雑誌・書籍・通信教育講座等を制作・提供している出版社です。
金融機関の第一線で顧客とコミュニケーションを図っている皆さまには、ぜひ、正しい日本語、美しい言葉遣いを用いながらお客様を増やしていただきたい。そんな願いを込めて、昨年、『お客様に好かれる正しい日本語・敬語の使い方』を発刊しました。
著者は、敬語講師としてご活躍の井上明美先生。金田一春彦先生の秘書を長く勤められた方です。敬語の先生だけあって、普段の会話でもとても清らかで美しい日本語をお使いになります。お会いしているだけでこちらの言葉遣いまで自然と正しくなるような、そんな貴重な体験ができました。言葉が他者に与える影響力、というものを改めて学ぶことができたと思います。
先日も井上先生と、言葉遣いに関する雑談を交わしました。今回、私が槍玉に上げたのは、「おっしゃられる」です。例えば、「ただいま、○○さまがおっしゃられましたように」といった使い方。対談などで、ときどき聞かれますよね。
これは言うまでもなく、「おっしゃる」と「られる」を繋げてしまった二重敬語なのですが、井上先生からは、次のようなアドバイスをいただきました。
・「おっしゃる」だけでは敬意が薄いと感じてしまい、「られる」を付けてしまうのでは?
・言葉の語尾、後ろのほうが相手の耳に残りやすいというのも、「られる」を付けてしまう理由のひとつかもしれません。
・「おっしゃられましたが」を言い換えるとするなら、「お話しになりましたが〜」「お話しなさいましたが〜」など。
・「お(ご)〜になる/なさる」を使えば、敬意も備わったまま、語尾の響きも丁寧なまま残るでしょう。
つい、「られる」にばかり頼ってしまうと、かえって不自然な敬語になるのかもしれませんね。同じ敬語表現でもバリエーションを持っておくべき、とのこと。私も気をつけていきたいと思います。
出版業界の片隅で、言葉を扱う仕事を生業としている我が身です。正しい日本語・美しい言葉遣い。いつまでも追い求めていきたいものだなと、あらためて胸に刻んだ次第です。