闇夜を照らすことばの雷鳴をもとめて。
テテクイカ(tetecuica)とは、古代アステカ王国において使われていたナワトル語で、「雷鳴」を表すことばです。
版元日誌にお声がけをいただき、あらためて版元となった日はいつなのかを振り返ってみました。
メールを遡ってみますと、初めて「版元」と呼ばれたのは2022年3月7日、1冊の書物をつくるプロジェクトの名前が「テテクイカ」に決まったと、造本を依頼したアトリエ空中線の間奈美子さんへ連絡をした際のことでした。「よい版元名です、〈雷鳴〉なんて! 素晴らしい版元・版元名の誕生を心からお祝いします」というお返事をいただき、嬉しさを感じつつも、当時は版元としての実感がないまま「1冊の書物をつくり、まだ見ぬ誰かへ届ける」ため打合せを重ねる日々を過ごしていました。
・幻の原稿を1冊の書物に
同年9月26日、その「ある1冊の書物」、『純粋思考物体』(河村悟 著)をテテクイカから刊行しました。
詩人・河村悟が1989年に完成させた直筆原稿を、およそ30年後に1冊の書物として上梓することができました。
詩とダンスと、恩寵と。著者、河村悟にきく

アトリエ空中線に初めて送ったメール「詩とテキストの造本のご相談」を読み返すと、「できるだけ広くお届けしたい反面、特別な作品としての意匠も模索」とあります。テキストはすでにデータ化していましたが、間さんには、造本、組版まで書物の形にする重要な過程を引き受けていただきました。そして、迷宮のような113編のアフォリズムにふさわしい、まさに私達が夢見た1冊の書物が誕生したのでした。
刊行後、『造本設計のプロセスからたどる 小出版レーベルのブックデザインコレクション』(グラフィック社、2023年3月)において、〈印刷・製本・デザインに独自性、実験性を持つ近年の事例から約80点〉の一冊として紹介されたことも大変に嬉しいできごとでした。
・夢の書物を、まだ見ぬ読者へ届ける
河村悟の本は、これまでにも幾つかの版元から出版されていましたが、『純粋思考物体』は30年にわたり刊行されなかった特別な本ということで、その魅力をより広く伝えるにはどうしたらよいか、とても考えさせられました。プロジェクトの当初から重きを置いていた「まだ見ぬ誰かへ届ける」というのは、つまり「詩人の河村悟を知らない人たちにこの本を見つけてもらう」ことであり、そのためには、まず人目に触れるようでなければなりません。そういう思案から、自分たちにふさわしい流通のありかたをさがすという作業に入りました。
情報を集めるなかで、トランスビューについて書かれた版元さんのブログにたどりつきました。そこで感銘を受け、2022年7月トランスビューへ初めてメールを送り、8月にトランスビューを訪問、工藤さんに、版元ドットコム、ブックセラーのことなど詳しく教えていただきました。とにかく暑い日で帰路はぐったりしていましたが、「版元になった」ということを初めて認識した日であったように思えます。版元になろうとは一度も考えず、ただ本をつくり届けることを模索した先で、気が付いたら版元になっていた、という感触でした。人生の妙のようなものに、じんわりと感じいったことを覚えています。
その後のメールを見ていくと、8月26日版元ドットコムより審査を経て入会の説明、9月5日トランスビューより書店へDMを送信、9月15日搬入の記録があり、あわただしく動いていたことがわかります。トランスビュー訪問から約1ヵ月半後、9月26日刊行ということで、トランスビューの工藤さんや版元ドットコムのみなさまに迅速にご手配いただいたことが今になってわかる次第です。そのおかげもあり、9月6日に書店から初の注文が届いた日には、心が震えました。
・2冊目となる詩集の誕生
2024年2月2日、テテクイカ2冊目となる、詩集『裂果と雷鳴 或る天使刑の破片』 河村悟(著)を刊行しました。『純粋思考物体』の刊行後に病に倒れ、2023年2月2日に旅立った著者、河村悟が私達に手渡した最期の詩を収録しています。
夜の静寂にふる雪のように言葉のかけらが綴られています。今回も造本はアトリエ空中線の間さんにお願いをしました。銀の表紙に河村悟のドローイングを白で配し、斜めに線を描く帯、コデックス装という書容。1冊目に続き、静謐で美しい詩集となりました。

ここで、著者のことに少しふれておきたいと思います。
詩人・河村悟は詩作のみならず、舞踏論、写真など著作以外にも多くの作品を残しました。

間奈美子さんによる、詩集『裂果と雷鳴』の巻末の頌辞「(間(あわい))を巡礼する言葉———河村悟 頌」から引用させていただきます。
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河村さんはおそらくコトバだけではまったく不充分であると直観しておられて、詩文や句のほかに、ドローイングや写真作品を創り、とりわけ舞踏ではレクチャーやエスキース制作、舞台作業まで踏み込まれていたと聞く。この上はないまでの土方巽論もあり、多大な示唆を受けられたと思うが、言語との表裏で舞踏という身体・空間を置かれたことは言い過ぎることのない重要事だと思われる。
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全文は、詩集『裂果と雷鳴』の巻末で読むことができます。言語美術を牽引する、間さんによる「コトバ」というものについての深いクリティーク、ぜひお手にとってお読みいただきたい文章です。
河村悟は一言では言い表せないほど、詩、舞踏、芸術全般に独自の視点をもっており、また、いちど聞いたら忘れることができない声の持ち主でもありました。詩や舞踏について語る姿は鮮烈でしたが、ワインを片手に大いに笑った記憶も、同じように想いだされます。今後、舞踏の黎明期、その詩と芸術をめぐる考証もふくめ、若い方達に研究されてゆく対象になるのではないかと思っています。
他の版元から刊行されている河村悟の本は一般の書店で手に入りづらいこともあり、PASSAGE bis!〈PASSAGE by ALL REVIEWS3階〉のテテクイカの棚にて紹介しています。ご興味のある方はご覧くだされば幸いです。
まだ2冊の書籍しか刊行していませんが、書物をつくる、ということ、言葉を残す、ということの奥深さを感じています。テテクイカとして、河村悟の未発表作品、朗読の音源を中心に、ひとつひとつ、みなさまのお手元に届けられる形にしていくことができればと思っています。