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「勝手にやっている出版社」ならではの本づくり

月と文社(つきとふみしゃ)という出版社を立ち上げてから、2年半が経ちました。

私は、日経BPという出版社に25年勤め、建築専門誌の編集部などを経て、最後は『日経WOMAN』という働く女性向けの月刊誌の編集部で5年ほど編集長を務めていました。編集長という業務はやりがいもありましたが、一言では言えないプレッシャーも大きく、それ以上会社でやりたいこともなかったので、49歳になった直後に退任し、そのまま退職しました。
独身で子どももおらず、自分ひとりが食べていければなんとかなるという環境だったことも、早めに退職に踏み切れた理由です。以降は、早めの余生のような感覚で生きています。

退職を考え始めたとき、世の中には「ひとり出版社」を含めた小さな出版社がたくさんあること、その流通を画期的な仕組みで支えているトランスビューという会社があるということを知りました。「こういう形なら、私にもひとりでできるかも」と思い、出版社を立ち上げることにしたのです。

流通をトランスビューにお願いして、これまでに5冊を刊行、この12月には6冊目を刊行します。トランスビューから毎月、書店に発送している新刊DMの封入作業をする「封入大会」や、トランスビューが各地の書店とともに開催する「本の産直市」にも頻繁に参加しています。同じ出版業界でありながら、会社員時代とまったく違う色の「界隈」の一員になり、そこにまあまあなじんでいる自分を発見して、面白いなあと思ったりしています。

日々の業務としては、自社の出版に使っている時間が8割くらい。残りの2割ほどの時間で、前職で編集長業務の傍ら制作していた日経WOMANのムック本(年7~8冊、本誌の記事を再編集したもの)の編集の仕事を受けています。

今年の春からなんとなく始まったのが、週1回、書店で働くという仕事です。

最初に働いたのは、総武線の平井駅前にあった「平井の本棚」という古書店です。ひとり出版社の大先輩である共和国の下平尾直さんが同店のオーナーと知り合いで、期間限定でお店番をされていたことが縁で、私も働くことになりました。

100円の文庫本を毎週買っていく高齢のお客さんとお話ししたり、古本の値付けをしたりする仕事は、とても新鮮でした。残念ながら「平井の本棚」の実店舗は7月末で閉店し、今はイベント出店やオンラインで運営を続けられています。

6月からは、大江戸線の中井駅前にある伊野尾書店でも働いています。昨年11月に「本の産直市」を伊野尾書店で開催した際に、店主の伊野尾宏之さんと知り合ったことが縁で、スタッフが足りなくなったタイミングでお手伝いすることになりました。

伊野尾書店では、レジを担当するほか、お客さんから本の注文を受けたり、本の補充注文をしたり、POPをつくったりと、幅広い業務をさせてもらっています。街の人に密着した存在でありながら、選書に定評があり、「本屋プロレス」というイベントを開催したりと、独自の取り組みで愛されている書店です。伊野尾書店も残念ながら来年3月で閉店することになりましたが、「本にまつわるスペース」を残せないか、店主の伊野尾さんが今、動いておられるようです。

古書店や街の書店で働くことで、これまでまったく見えていなかったタイプの「本を必要としている人々」に触れられていることは、私の出版人生の大きな糧になっています。

本をつくりながら、本屋さんでも働く。こんな自由な働き方ができているのは、私が自分の出版社を「勝手にやっている」感覚だからだと思います。

前職では、長年続く雑誌のブランドにまつわる大きなビジネスの中心にいたので、とてもじゃないけれど「勝手にやる」ことはできず、いろいろとお伺いを立てながら仕事を進めるのが常でした。年間の予算や、毎月の雑誌とムックや書籍の発行に追われる日々。ある程度の規模の会社に勤めていれば、そういう働き方になるのが当然だと思います。

一方、自分が立ち上げた自分ひとりの出版社では、年間に出す冊数も自由ですし、どんな本を出すかも自由です。食べていくために、ある程度は好成績を残せる本をつくる工夫は必要ですが、うまくいかなくても多くの人に迷惑をかけなくて済むのは、会社員時代には想像できなかった気楽さです。

勝手にやっているからこそ、勝算があるかどうかまったく見えない本をつくってみたい。そういう思いで今年の5月に刊行したのが、『私の孤独な日曜日』というエッセイ・アンソロジーです。世代や職業の異なる17人に、「ひとりで過ごす休日」についてのエッセイを寄せてもらいました。
書き手は、「この人に書いてもらったら面白そう」と思える人を、noteで見つけてアプローチしたり、知り合いにお願いしたりして集めました。出版業界の人では、『新文化』記者の勝本育実さん、ひとり出版社・白蝶社代表の鈴木豊史さん、伊野尾書店・店主の伊野尾さん、そして私も書いています。

書き手の全員がほぼ無名であるこの本を、恐る恐る世に出したところ、注文をリピートしてくれる書店が多く、あれよあれよという間に、4刷、1万部となってしまいました。もちろん、弊社初の1万部超えです。

文芸系の出版社にいたわけではない私は、名のある作家との人脈がないことを少々コンプレックスに感じていたのですが、無名の人たちが書いた本がこんなにも多くの人に手に取ってもらえたことに救われた気持ちでしたし、うっすらと時代の変化も感じました。


12月に刊行する新刊は、『今日も演じてます』という、これまた無名の人たちへのインタビュー集です。人の人生の話を聞くのが大好物の私が、なんらかのキャラクターや役割を「演じてきた」という自覚を持つ8人の方々に話を聞きました。なかには、セクシュアリティや宗教二世といったセンシティブなテーマにまつわる話もあります。これまであまり言語化されてこなかった「人は多かれ少なかれ、日々演じている」というテーマを軸に、人としてどうありたいかを掘り下げた内容になっています。

なくても誰かが困るわけでもない、求められているかどうかまったく見えない本づくりに踏み出せるのは、勝手にやっている出版社ならではだと思います。

『私の孤独な日曜日』のような思いがけない特需はそうそう続くわけもなく、この先、あちゃ~というような失敗をすることもあるでしょう。でも、マーケティング的な観点やAIでは編み出せないような本を、これからもなんとか、行き当たりばったりでつくっていきたいと思います。

月と文社の本の一覧

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