山崎亮一さんとの出会いと別れ
せせらぎ出版の創業者であり、前代表取締役の山崎亮一さんがせせらぎ出版を立ち上げたのは1977年ですので、今年2025年は創業48年目になります。一方、現在、代表取締役を務めている私、岩本恵三が代表取締役に就任したのは2022年10月。わずか2年と10か月前のことです。48年という長い社歴のうちの直近6%を占めるにすぎません。その2年と10か月の間の、2024年6月に山崎さんは亡くなりました。
山崎さんがどの程度、版元ドットコムにかかわっていたのか、あるいは、現在の会員・会友のどのくらいの方が山崎さんと面識があったのかもわかりませんので、極めてプライベートな内容になるかもしれませんが、勝手ながら、山崎亮一さんとの思い出をここに書き残します。
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山崎さんとの出会いは40年前にさかのぼります。私は当時、会計事務所に勤め、事務所が発行する機関誌を担当していました。その編集・制作・印刷を請け負っていたのが山崎さんです。それで何度も言葉を交わす機会がありました。山崎さんは、せせらぎ出版の前身となる、共同編集社を名乗り、まだ出版事業は行っていませんでした。
私自身が本好きだったからでしょうか、山崎さんの出版に向かう夢を自分の夢に重ねていたように思います。というのは、あとから作った「思い出」かもしれません。そのときは自分が将来、出版の仕事に関わることも、ましてやせせらぎ出版の代表を務めるようになることも、想像だにしませんでした。
その後、会計事務所を辞めてからも、用もないのに、たまに山崎さんを訪ねては出版をめぐる話を重ねました。2008年、私が自著を日本実業出版から出版したときも、喜び勇んで真っ先に山崎さんに報告しました。2016年、1冊目となる流通本を出版する際にも事前に相談に上がりました。そして、2019年秋、山崎さんからせせらぎ出版を引き継いでくれないかとの申し入れがあり、二つ返事で引き受けました。
前述したとおり2022年10月、私はせせらぎ出版の代表取締役に就任し、出版事業を引き継ぎました。その後の2年10か月の間も順調に事業を継続し、話題となる本を出すこともできました。それもこれも、山崎さんの遺してくれたスタッフ、人脈、本づくりの仕組みなどのおかげです。今日もスタッフ一同、楽しく出版活動にいそしんでいます。
こうして改めて振り返れば、現在のせせらぎ出版での充実した日々は、40年前の山崎さんとの出会いから始まっていたことになります。