さまざまな出会いを重ねて
全甲社の高橋と申します。出版活動を支えていただいて、ありがとうございます。
ふり返れば、版元ドットコムに入会したのは2012年9月でした。その頃のことは2013年3月6日の版元日誌「まさか自分が出版するとは」に書かせていただきました。
高橋五山の紙芝居の復刻をするため、彼が経営していた出版社全甲社の名を用いてスタートしたのが2011年1月でした。素人ゆえの大胆さで出版の世界に飛び込んでみたものの、出版物をどうやって認知してもらうか、流通させていくか、販路を開拓していくか、そのためにはどうすればいいのか、無知で無力な自分に愕然とする日々でした。現在、全甲社の出版物は取次会社JRC経由で流通していますが、当時、社長をされていた後藤氏から「紙芝居を扱うなんて初めてだけど、できるだけ長く売れるといいね」と励まされたことを思い出します。ひとり出版者の零細事業でやってきましたが、皆さまの優しさと寛容さに、勇気づけられ、今まで続けることができました。
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せっかくの機会なので、最近の自分のことを少し話したいと思います。私は2017年から大学院生として学生生活を送りました。高橋五山の出版活動に関してもっと探求したいという思いがあったからです。修士2年間を経て、2019年4月に博士後期課程に入学しました。博士課程3年間のうち後半の2年間はコロナ禍と共にあったのですが、集中力を高められる環境でもありました。脇目も振らず、何かに取り憑かれたように研究に専心しました。自分の課題に集中することで、研ぎ澄まされたようなクリアな感覚が得られ、頭の中が変性したと初めて感じました。
求めている資料を探して、探して、やっと文献に辿り着くこともありますが、資料が導いてくれたと感じたこともありました。そうした中で出あえた事例「大正大礼の東京府献上品」について紹介したいと思います。
まず、現在の東京都は明治元年(1868)に江戸が東京に改称され東京府として発足しました。明治維新後、政府が京都から東京に移され、天皇の活動の中心地も東京となりました。その後、明治22年(1889)に東京府の管轄地内に東京市が設置され、昭和18年(1943)に東京府と東京市が統合され、現在の東京都が発足しました。
大正4年(1915)11月には、大正天皇の即位の礼とそれに伴う儀式を総称して「大正大礼」が行われました。大正大礼の儀式は京都で挙行されましたが、東京市の記録では、「市中至ル所一段ノ盛観ヲ呈シ、殊ニ宮城前ハ終日人ヲ以テ埋ムル景況ニシテ、其数実ニ百二十万」とあり、皇居付近には大勢の人が集まったようです。即位を祝うため全国から厳選された献上品が1500件以上も寄せられました。
当時の東京府および東京市でもそれぞれ献上品が決められました。東京府の献上品は東京美術学校を卒業したばかりの高橋五山(昇太郎)の書棚図案「笠扇式書棚」が採用され、新聞でも「高橋昇太郎氏の考案を採用」と報じられました。この書棚には七つの能面を含む能楽をテーマとした表現に加えて、江戸風のデザインも盛り込まれています。この図案をもとにして、御蔵島産の桑を用いて、木工芸界に名を馳せていた前田桑明と弟子の須田桑月ら、および府立工芸学校の職員生徒たちが書棚の制作を行いました。
書棚制作に関わった須田桑月は須田賢司氏(木工芸の人間国宝)の祖父です。賢司氏もこの作品を追い求めていることを知り、お会いし、情報交換をしました。三の丸尚蔵館に収蔵されている作品は、主に皇室から下賜された美術品や歴史的資料ですが、この「笠扇式書棚」は今なお皇室の中で使われていると考えられ、一般の人々が目にすることはできない作品となっています。完成から100年以上経った今、その存在が知られ、一般公開されることを願うものです。
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話題転換。大学院生活は常に新しい知識や考え方に触れる刺激的な時間でした。ここで積み重ねた研究成果をまとめた『高橋五山の総合的研究:デザイン・絵雑誌・紙芝居』(2024)が風間書房より出版されました。
このように書籍として形になったことは、これまでの歩みを思うとき、非常に感慨深いものがあります。
まず、大学の出版助成金を得るために引き受けてくれる出版社を探すことから始まり、書類選考を経て採択され、出版に進めることができます。自分の原稿に最も適した出版社を探すのは難しいので、先例に倣って、助成金制度を利用した書籍を調べました。そうして風間書房さんと契約することができました。風間書房さんとはメールと電話でのやり取りのみでしたので、採択決定通知が届いてから、一度ご挨拶に伺おうと、所在地を確認したときにびっくりしました。その場所は10年以上も前から納品のために足を運んでいる取次会社JRCと同じビルだったからです。
以上、ふり返れば、紙芝居の復刻出版からスタートして、一冊の自分の本が出版されるまで、まるで何かの不思議な引力に導かれるかのように、予期せぬ嬉しい展開となりました。
改めて、たくさんの人との出会いに支えられてきましたことに、深く感謝しています。