これまでの30年と、これからの10年。
今年で誠光社は開業10周年を迎える。独立以前、恵文社一乗寺店という店で学生時代にアルバイトを始めてから、店長を務め、いまの店を立ち上げるまでが20年弱なので、書店や出版業界の「端くれ」としてすでに30年もの時を過ごしたことになる。
「端くれ」というのは文字通りの意味で、いわゆる大型書店での仕事は未経験であり、成り行きではじめた出版業務も、誰に教わることもなく自分一人、見様見真似で続けてきた。その間、カウンターからの景色や、日々の雑務からお客さんの様子まで、色々なことが大きく変わってきた。こういう機会を与えられ、振り返ってみれば、この変化は他業種でもなかなか経験できないようなダイナミックなものでもあるような気がしてくる。何かの参考にでもなればと、自身の来し方を振り返り、簡単に書き出してみよう。
学生時代、恵文社一乗寺店でアルバイトを始めた頃、いわゆるセレクト型の書店というものはまだまだ異色で、地域のお客さんには「不便だ」とか、「よくわからない品揃えだ」とか不満そうに吐き捨てられたことも少なくなかった。それもそそのはず、同店では、アルバイトスタッフにいきなり棚を何本か任せ、発注の仕方だけを先輩に教わり、自由に自分の知識やセンスを元に棚を作っていたのだ。アルバイトを初めてしばらくの間、常備も新刊配本もなんのことやら理解していなかった。これが意味することは、スタッフが変われば棚も大幅に変わるということ。お客さんにとっては不親切極まりない。当時はまだインターネットも普及しておらず、売上スリップは各担当の棚ごとに分けて保管し、それぞれが出勤時に番宣印を押して補充発注を行っていた。クレジットカードはアナログでがっちゃんと複写。よっぽどまとめての買い物以外にカードを使うお客さんもほとんどいなかった。
いつの間にかレジにはPCが導入され、日販が提供するウェブオーダーシステム「NOCS」上で発注ができるようになると、日々の新刊を店長が管理するようになり、おおまかに担当分けのもと、スタッフが出入りしようと大きなテーマは維持されるようになった。インターネットの普及は、オンライン書店の登場を促し、検索して本を探すことが、店側、客側共に日常化していく。そうなるとインデックス順に本が並んでいる利便性が突如輝きを失いはじめる。書店へ足を運び、インデックスで求めるものを探す前に、検索すればその本を取り寄せることができるのだ。そこではじめて恵文社一乗寺店で無秩序に行ってきた、インデックスにとらわれないテーマでの棚作り、いわゆる「編集行為」が意味をなし、検索外の発見が価値を帯び始めた。
そういった状況下で、「セレクト書店」という便利なラベルが誕生、たくさんのメディアに取り上げられ、同店は一躍人気店へと成長する。それに合わせるようにフロアを増床し、同時にレジに立つスタッフも増えることになる。客は増えるが書籍そのものの売上は伸び悩み、雑貨やノベルティなどその他の売上が店を支えるようになると、その雰囲気は徐々に変化し、いわゆる観光地化が進んだ。そのことに疲れ、独立する頃には、いわゆる個人書店が増え始めていた。
2010年代も近くなると、インターネットの普及と検索態度の一般化は、はほとんどの「実用書」の価値を目減りさせた。その頃には「セレクト」という言葉は一般化し、独立書店好みのタイトルは似通ってくる。複製品を扱う店である以上、品揃えや紹介の仕方で差別化するより店の個性は出しようがない。そう考えると自社からの出版というのはごく自然なことのように思えた。二割ちょっとの利益率で、何人ものバイト代を捻出することがいかに困難なことかをこれまでの経験で実感し、版元との直取引を始め、粗利をなんとか三割に維持することをコンセプトとしたのが今の店だ。自社出版物を直接販売すれば、その粗利は倍近くになる。店の経営面においても、他店との差別化においても出版は、必然かつ必須の道だった。
直取引の粗利の確保と、自社出版物の刊行という二本柱がなければこの10年は続けてこれなかったかもしれない。小規模取次の成長や、オーダーシステムの利便化、同じ規模の個人書店の増加など、環境にも随分助けられてきた。次の10年は、過渡期である流通のあり方や書店間のネットワークなど、これからの個人書店のシステムを構築し、新規参入や経営維持のあり方を明示、自店のみならず、同業他店や版元などを巻き込んで、皆で持続可能な状況を作ることが、仕事になるだろう。