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「森林浴」 日本発祥の森林浴。日本の医師が著し、50カ国・地域で翻訳される話題の本を、逆輸入

 こんにちは。まむかいブックスギャラリーの木村由加子です。

 ユリノキ(チューリップツリー)の花が咲き、新緑がぐんぐん勢いを増す季節に なりました。

パンデミック、天災、戦争…と、胸が締め付けられる事態が各地で続くものの、 丸3年に及んだ国際的緊急事態宣言の終了が発表されたことには、この新緑の喜びが、格別のように感じられます。

 弊社にとって、版元日誌は、
・2012年4月「出版営業が楽しくて
・2014年12月「東京絵散歩「どの風景が好きですか?
・2020年3月「フランクフルト・ブックフェア出展体験
に次ぐ、4回目の投稿となります。

 版元ドットコムへの弊社入会が2008年で、当時の参加会員社は約120社。それが現在では500社超とのことです。
 自らが関わらせていただいている団体の、発展・飛躍を感じられるのは嬉しいかぎりです。

 まだお目にかかっていない会員社のみなさま、紙面をかりて、よろしくお願いいたします。

                  ☆

 今回は、弊社が2020年に刊行した「森林浴」(著者/李卿 日本医科大学臨床教授)の刊行経緯と、この本の波及効果を紹介させていただきます。

アメリカの書店で、偶然目にした「SHINRIN-YOKU」

 2018年初頭、弊社の英文書籍「CONNECTING YOU TO WONDERLANDS japan」等を、現地書店レップに営業するため、シアトルを訪れていた私は、書店のカウンターに置かれていたリリースで、「FOREST BATHING:How Trees can help you find health and happiness」(イギリス版は「Shinrin-Yoku:The Art and Science of Forest Bathing」)が、春に刊行されることを知りました。

日本語に訳すと「森林浴」。
出版社は「Penguin Random House」。
著者は「Qing Li」。

 著者の李卿(リ ケイ)氏は、日本医科大学の臨床教授で、森林浴研究の世界的な第一人者です。


アメリカ版Forest Bathingと


イギリス版Shinrin-Yoku

 その頃、私は出版の仕事のかたわら、がん患者さんのサポートをボランティアで行っており、その数年前より、森林浴を専門に学びながら、人の健康における緑(樹木)の効用(エビデンス)を各国から集めていました。

 ヨーロッパでは森林浴ブームが始まっており、人と自然との関わりの効果を、科学的見地から立証する研究が、医学的トピックとなっていました。

 また、アメリカでも、前年に、日本の森林浴に言及した「The Nature Fix: Why Nature Makes Us Happier, Healthier, and More Creative」(日本語版は、NHK出版「NATURE FIX 自然が最高の脳をつくる」)が刊行されるなどして、森林浴が話題となっていました。

 偶然ながら、そんなバックボーンを持つ私でしたので、「FOREST BATHING」のタイトルは、自身の目と心に、直球で飛び込んできました。

 私は帰国してすぐ、この本の新刊情報を調べ、著者にごあいさつの連絡を入れ、日本担当のエージェンシーの連絡先を、出版社へ問い合わせました。

英米で発売された新刊を入手したのが、1ヶ月後。
エージェンシーとつながったのが、2ヶ月後。
エージェンシーの担当者とお目にかかれたのが、5ヶ月後。

 翻訳権交渉は時間がかかります。

 担当者とお会いした時点で、すでに25カ国に翻訳権がライセンスされているとのこと(2023年2月現在、50カ国・地域)。肝心の日本語版の翻訳も、国内大手数社が検討に入っており、「他社さんのご検討の結果次第ですので、数ヶ月後にまた連絡してみてください」と言われました。

翻訳権を得られた幸運、約100ページを書き下ろし

 それから数ヶ月後、エージェンシーに再度連絡を入れると、翻訳権はまだどの国内出版社にもライセンスされていませんでした。

「このような専門的かつ実学的な本は、木村さんのように、それを専門にされている方に出していただくほうがよいのかもしれません」

 幸運にも担当者のその一言で、弊社が翻訳権を交渉できることが決まり、著者、出版社、エージェンシー、弊社との4者間契約の調整が始まりました。

 3カ月をかけて無事契約が整い、その文面には、特例ともいえる一文が添えられました。

「日本語版について、著者と出版社の協議のもと、著者了解の上で、原書には記されていない内容を加筆・追記してもよい」

 原書であるイギリス版やアメリカ版、及び各国翻訳版は、森林浴が日本で1980年代に発祥したこと、日本には自然を大切に敬う想いがあること、森林(杜)は神社仏閣と結びついて信仰にもつながっていること、といった面がクローズアップされている一方で、医師である著者の実証実験・研究のデータ等は、大幅に割愛されていたのです。

 そこで著者と弊社の編集チームは、翻訳編集にあたり、森林浴の主な健康増進効果である
1.緊張、疲労等のストレス状態の改善
2.活気、活力などエネルギーの回復
3.血圧・脈拍の低下など自律神経系の改善
4.心の健康、睡眠、痛みの自覚などの改善
5.NK細胞活性、免疫力の向上とその効果の持続
6.リハビリテーション効果
などを、一般読者向けにわかりやすく整理・分類し、約100ページ分の原稿を書き下ろし、図版等を用意しました。

 また、森林浴は、地方や郊外にある森や林のみならず、都市公園の森林環境(東京でいうと、新宿御苑や、北の丸公園、国立科学博物館附属自然教育園、有栖川公園など)でも行えて、その健康増進効果も明らかであることから、「都市公園での森林浴(公園森林浴)」に、はじめて言及しました。

 加えて、森林浴の専門家によるガイディングを受けられない状況でも、居住地や勤務地近くの公園や緑地で、ひとりや家族で行える森林浴のやり方を、記載しました。

 これらは、編集さなかにコロナウイルスパンデミックがはじまり、世界中の人々が遠くに行けなくなっていた状況が、強く影響しました。

 緊急事態宣言下で、編集方針や刊行タイミングを決めるのには難しい判断が重なったものの、結果、日本語版は、森林浴の健康増進効果、国内外で森林浴のできる場所、森林浴のやり方を網羅した、森林浴大全ともいえる内容に仕上がりました。

 そして、エージェンシーや原書の出版社からの一発OKをいただき、2020年秋の紅葉シーズンに「森林浴」を刊行することができました。

 翻訳出版でこれほどの融通を得られたのは、著者が日本の医師であったことに加え、Penguin Random House社とのやりとりを重ねてくれたエージェンシーの尽力のおかげだったと思います。

本を介して広がる知識と、人のつながり

 「森林浴」は、当時「ソロキャンプ」に代表されるように、自然回帰の気持ちが高まっていたこともあり、初版満数を、書店に出荷・流通しました。

 また、刊行直後から、共同通信を介して全国各紙に著者インタビューが配信され、また、森林医学や森林環境、アウトドア等の専門誌など、総勢20紙誌に、書評が掲載されました。

 そしてなにより、森林浴をふだん親しんでいる読者の方や、森林浴の普及に取り組む団体、セラピスト、ガイドさんなどから、弊社ウェブサイトのフォームやメール、直々にお会いした折などに、多数の反響をいただきました。
「以前から知りたかったことがわかりやすくまとめられていて、私の森林浴バイブルになりそうです」
「副題の゛近くの公園で 家族と一緒にリラックス ストレスを解消し 自律神経を整え 免疫力を高める 新しい健康増進法”、が、ストレス社会で生きる私に、見事に刺さりました」
「本文の淡い緑色の文字、森好きにはたまりません!」
「尊敬する李先生の本、何度も読み返しながら日々の仕事に生かしています」等々。

 それらの反響に加えて、SNSやブログ等で「森林浴」の内容に触れてくださる方がたくさん続き、それらの投稿や記事のシェア、リツイートが繰り返されて、知識の共有、人と人とのつながりに発展している様子を、目の当たりにすることができました。

 また、世界でも森林浴ブームは続いていて、東京五輪開催中には、著者にNBC TVより取材が入りました。
The Olympic Zone-FOREST BATHING

 そして昨年の2022年10月に、翻訳国数等の修正を加えて「新版 森林浴」を刊行し、ありがたいことに注文が入り続けています。


日本衛生学会学術総会の書籍販売ブースにて著者近影(2023年3月)

 ひとり出版社や、出版をはじめたばかりの方には、翻訳出版をしたくてもその方法がわからなかったり、エージェンシーにアクセスを試みたいものの不安を感じられていたり、「小さな会社だから」などと諦めたりしている方も、いらっしゃるかもしれません。

 ですが、ご自身の得意なジャンル・分野であり、翻訳に慣れた訳者やデザイナー、出版アドバイザーなどの力を借りれば、翻訳権をライセンスしていただくことは不可能ではないと、私は実感しています。

 国内には以前から海外の出版物の翻訳権を扱うエージェンシーが多数ありますし、トーハンの海外事業部国際ライツグループ でも、国内の出版物を海外に紹介するとともに、海外の出版物の翻訳権取得の仲介を行われています。

 そして、2021年には「Japan Book Bank」が立ち上がり、海外に向けて紹介したい日本の出版物についても、登録しやすくなりました。

 出版の文化が、各国で育まれ続けるとともに、国を超えて、出版社や編集者の相互のやりとりや交流がもっとさかんになれば、出版の世界はさらに活気を増すのではないでしょうか。

 そんな思いを持ちながら、私も出版を続けるとともに、活字、そして書籍の持つ力を実感しつづけたいと願っています。

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