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金のオタマジャクシ、そして感性の対話 近藤 薫(著/文) - 花乱社
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9784910038322

金のオタマジャクシ、そして感性の対話 世界に音楽が必要な理由

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発行:花乱社
四六判
300ページ
並製
価格 2,200円+税
ISBN
978-4-910038-32-2   COPY
ISBN 13
9784910038322   COPY
ISBN 10h
4-910038-32-9   COPY
ISBN 10
4910038329   COPY
出版者記号
910038   COPY
Cコード
C0095  
0:一般 0:単行本 95:日本文学、評論、随筆、その他
出版社在庫情報
在庫あり
初版年月日
2021年6月28日
書店発売日
登録日
2021年6月2日
最終更新日
2021年7月26日
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紹介

本書は,自然との乖離に追いやられた人が再び自然と調和・共存し,本来の人間性を回帰するための架け橋が何であるかを問いかける(序文より)[東京大学先端科学技術研究センター所長 神崎亮平]

「いつからだったろう、私の暮らす日本において、クラシック音楽は社会の中でのアイデンティティを確立できずにいる、いや、正確には見失っていると感じるようになっていた──。」

ヒト、社会にとって芸術とは何か。生きることに音楽は不要なのか。
認知能力のみで閉じられた状態から,感性を開き,芸術を表出させ問いつづけること。それこそが未来へのキーワードという著者。音楽家が体験する奇跡の世界,東大先端研での取組みについて紹介し,各分野第一人者らと教育,言語,テクノロジーなど分野を横断して対談,感性と音楽の可能性について探る。

東京フィルハーモニー交響楽団コンサートマスター近藤薫氏著作の初の単行本化:
芸術考「感性の時代」,各界トップランナーたちとの「感性の対話」,好評連載音楽エッセイ「金のオタマジャクシ」収録

***

【感性の対話者たち】
 A .バッティストーニ氏(東京フィル・首席指揮者)
 中邑賢龍氏(東京大学 先端研 特例教授)
 佐々木理恵氏(NHK福岡放送局キャスター) 
 川﨑堅城氏(Bar The TRADマスター)
 古橋洋人氏(楽天グループ株式会社 常務執行役員)

目次

序文 東京大学先端科学技術研究センター所長 神崎亮平
まえがき 社会にとって芸術とは何か

【Ⅰ】感性の時代  このいわく言い難いものこそ
 今こそ芸術を語る/芸術とは何か Art Origin と Art Expression
 東京大学先端研のヒマラヤ杉 円融無礙の時代/リモートオーケストラというコンセプト・アート
 感性の時代/エントロピー増大の法則を、社会に当てはめる
 社会と芸術のリバランス

【Ⅱ】感性の対話
 音楽は自分自身が誰かということを聞くこと 
    対話者:東京フィル首席指揮者 アンドレア・バッティストーニ氏
 “変わった子ども”が心を開く時 異才発掘プロジェクトROCKET 
    対話者:東京大学先端研特例教授 中邑賢龍氏
 言葉や音楽は、発信者の見えないものも伝わる
    対話者:NHK福岡放送局キャスター 佐々木理恵氏 
 五感に働きかける総合芸術・酒場と音楽
    対話者:Bar The TRADマスター 川﨑堅城氏
 テクノロジーの未来、問題を見つけるために芸術がある
    対話者:楽天グループ株式会社 常務執行役員 古橋洋人氏

【Ⅲ】金のオタマジャクシ 秘密の音符を探す僕の旅
 ゴールデン・ノート/道しるべ/便 利
 ちかしオケ/本 番/ピンとポン
 小値賀にて/九 響/すぎやま先生
 非効率の芸術/ラジオ体操/BGM ほか

前書きなど

 「金のオタマジャクシ」は、音楽家から見た社会をテーマに、その時々に感じていたことをそのまま文章にしたものだ。それまでも漠然と感じていた社会と芸術とのすれ違いを、いつもの「音」ではなく「言葉」にするということは、余程それまでよりも自らの心をざわつかせた。
 いつからだったろう、私の暮らす日本において、クラシック音楽は社会の中でのアイデンティティを確立できずにいる、いや、正確には見失っていると感じるようになっていた。このままではクラシック音楽は歴史に埋もれ、遺物としての音楽になってしまう、または教養としての側面のみに興味が注がれてしまう、そんな気さえしていた。
 伝統芸能と言ってしまえば聞こえはいいが、クラシックは伝統と革新の両輪でもって成立してきた歴史を持つ。国や文化、時代を超えてきた証は、自らが生きている社会の中の、生きている音楽として表現されるべきで、そしてそれを芸術的な域まで昇華させることが我々演奏家の使命だと思う。
 「社会にとって芸術とは何か」ということを考えざるを得なかった。「向き合わねばならない」、そう感じるようになってからというもの、無意識の領域で活動させてきた芸術的な感性を、なんとか認識し、社会との接点を見つけようと努めた。そして、芸術家は決して自らのためだけでなく、いつでも他者に想いを馳せ、寄り添いながら表現すべきだと思うようになった。
 (「まえがき 社会にとって芸術とは何か」より抜粋)

著者プロフィール

近藤 薫  (コンドウ カオル)  (著/文

1980年生まれ。東京藝術大学をアカンサス賞を受賞して卒業後,同大学大学院修士課程修了。現在,東京フィルハーモニー交響楽団コンサートマスター,フューチャー・オーケストラ・クラシックスコンサートマスター,バンクーバー・メトロポリタン・オーケストラ首席客演コンサートマスター。長野市芸術館レジデントカルテットリヴァラン弦楽四重奏団主宰。全日本学生音楽コンクール,日本香港国際音楽コンクール,刈谷国際音楽コンクール審査員,東京音楽大学・洗足学園音楽大学非常勤講師,東京大学先端研特任教授。

上記内容は本書刊行時のものです。