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サハラの歳月 三毛(著) - 石風社
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サハラの歳月
原書: 撒哈拉歲月

発行:石風社
四六判
496ページ
上製
定価 2,300円+税
ISBN
978-4-88344-289-8
Cコード
C0098
一般 単行本 外国文学、その他
出版社在庫情報
在庫あり
初版年月日
2019年12月20日
書店発売日
登録日
2019年11月18日
最終更新日
2019年12月16日
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紹介

台湾・中国で一千万部を超え、数億の読者を熱狂させた、破天荒・感涙のサハラ生活記完訳!!

 その時、スペインの植民地・西サハラは、モロッコとモーリタニアに挟撃され、独立の苦悩に喘いでいた……。砂漠に住まう人々の、光と熱、影と涙――「前世を追憶するような郷愁が、わけもなく、ことごとくその見たこともない大地に呼び寄せられ」(「わが手で城を」)て、砂漠の大地・西サハラへと移住したサンマウ。夫・ホセ、現地人・サハラウィたちとの破天荒な日々を、ドラマティックに描く。

 本編に収録されている「サハラの物語」は、韓国語、スペイン語、カタルーニャ語でも翻訳出版されており、典蔵版「サハラの歳月」(STORIES OF THE SAHARA)は現在、イギリス、アメリカ、オランダ、ノルウェー、ポーランド、イタリア、ミャンマー等で翻訳出版が準備されている。三毛の著書は、台湾、中国において一千万部を超えるベストセラーになっている。

目次

 帰郷に寄せて

Ⅰ サハラの物語
 砂漠の中のレストラン
 平沙は漠漠たり夜に刀を帯びる
 結 婚 記
 向こう三軒両隣
 にわか医者施療を為す
 幼い花嫁さん
 禿げ山の一夜
 砂漠観浴記
 愛の果て
 日曜漁師
 死を呼ぶペンダント
 天へのはしご

Ⅱ 哀哭のラクダ
 わが手で城を
 親愛なるお姑様
 収 魂 記
 寂 地
 砂漠で拾ったお客たち
 聾唖の奴隷
 サバ軍曹
 哀哭のラクダ

訳者あとがき

前書きなど

 帰郷に寄せて


友人の皆さん 
 台北へ戻って、すでに二十日あまりたちました。この短い時間に、以前私と手紙のやりとりのあった読者たち、私が教えた学生たち、それに沢山の新しい友人たちから、数えきれないほど多くの手紙や電話をいただきました。台北の街中で、自分の新しい本が、うず高く積み上げられた色とりどりの本の間から、私に向かって茶目っ気たっぷりにあかんべえをしているのも見ました。
 各方面から転送されてきた皆さんのお便りを受け取るたびに、私はその一通一通の誠意のこもった手紙の中に、はじめて自分の姿を見出し、はじめて三毛にはこんなに沢山の面識のない友がいて励ましてくれているのだと知りました。
 私はそれぞれの手紙に詳しく返事を書きたいとどんなに思っているかしれません。私に手紙を書いてくださる一人一人が、ペンを執ったとき、その気持ちと時間を費やして私に対する関心を示してくださったことを承知しているからです。
 皆さんの誠意のこもった手紙を見て、きっと返事を待っていらっしゃるということを知りながら、その一通一通の手紙がすべて、石ころが海の底に沈んだように音沙汰もない。私はこんなことはとてもしたくはありません。
 私に手紙をくださった無数の友人の皆さん、どうかご理解ください。三毛は感情もない礼儀もわきまえない人間ではありません。
 祖国を離れてずいぶん久しくなりましたが、台北の肉親の情や友情は、すっかり私を占拠しており、私はでき得るかぎり自分の時間を、私のことを気にかけてくださる皆さんの一人一人に分けたいのですが、でも残念なことに、私は一日に二十四時間しか自分のものとすることができません。
 生活が突然あわただしく賑やかになって、精神的に興奮と緊張をよび、体力も無理の上に無理が重なり、また心の静けさは、こうした感動的な真情の流露に触れて、大きく波立っております。
 私は努めて自分に言い聞かせておりました。私は完璧に祖国での休暇を享受する。山や川に遊び、父や母とよもやま話をするんだと。ところが実際のところ、毎日の生活は、すでに時間の奴隷となり、昼も夜も時間を追いかけるばかりで、一向にこんなことをする自由は得られそうにありません。
 以前長らく過した砂漠での生活は、すでに私を極度に孤独を楽しむのんびりした田舎者にしてしまい、今、掛け持ちをする役者が次の舞台へ駆けつけるかのように食事をしたり約束をしたり、私にとっては、劉ばあさんが大観園に入ったようなもので、頭が混乱してわけがわからなくなり、心が乱れ気持ちが惑うのです。
 毎日のように、山海の珍味を目の前にして、お腹いっぱいで喉を通らず、芋だけのコロッケを食べ慣れた三毛は、親類や友人の心のこもった山のようなご馳走を前に、感動する一方、大きな箱に入れて北アフリカに持って帰れないのを恨めしく思います。そうすればあと半年料理をしなくて済むのにと。このごちそうを短い時間で私が全部食べてしまわなければならないとは、なんと残念なことでしょう!
 この走馬燈のような日々の中で、一方では友人たちが私を大事に思ってくださる気持ちにとても感動しながらも、また一方、手紙や電話で私に単独で会うことを求める友人たちの厚情にどれも応えることができません。
 私は自分の時間を、原稿用紙の升目のように一個一個分けて、原稿を書くように、それぞれの升目の中に友人の名前、時間と会う場所を書きいれることができないのが恨めしいです。私にとって、二、三千字を書くのはたやすいことですが、それぞれそんなに沢山の友人に会うのは、意余って力及ばずという残念なことなのです!
 私のことを大事に思ってくださる友人の皆さん、私の現在の状況をご理解くださるよう、心からお願い申し上げます。会えないことを残念なことだと思わないでください。文学というものは、それぞれの読者にとって、読んでいるときには、すでにそれぞれの読者が新たに創造したものとなっています。実際の三毛は、再三強調したような小人物に過ぎません。彼女に会ったら皆さんは失望なさるばかりか、彼女自身でさえ自分の物語を読んで、それからそれを鏡に映したら、同様に真実とは違っていると感じます。
 それで私は是非とも皆さんに申し上げたいのですが、私の文章が出版された時に、私たちは実は黙ったまま言葉を交わしているのです。
 台北で親類や友人が集まった時、たびたび多くの以前面識のなかった方々にお会いします。その方々は私が出版したばかりの本――『撤哈拉的故事』(サハラの物語)(これは旧版「三毛全集」における題名で、新版「三毛典蔵」シリーズでは『撤哈拉歳月』(サハラの歳月)の中に収録されている)の中のそれぞれの一編、一つ一つの細部、一件一件の小さな出来事、一言一言の会話すら、そらんじているかのようによく覚えています。
 こういうありさまに、遠方から帰国したさすらい人は驚き、対応も不得手で、益々恥ずかしくなりなすすべを知りません。
 私が言うことのできるのは、普通のありがとうという一言だけかもしれません。しかし皆さんがお寄せくださる心は、今後私が努力して書き続ける力となっています。
 私はもともと忍耐力がありません。とりわけ自分を机の前に張り付かせて苦心惨憺して文章を書くのは嫌いです。しかし帰国して最初の日、なんと、沢山の学校の生徒さん学生さんたちが、クラスごとにまとめて私の新しい本を予約してくださったことを聞いて、やはり感動しました。
 沢山の方が私に『サハラの物語』のことを話します。さらに驚いたことには、私は以前、大人が私の本を読んでくださることだけを期待していましたが、思いがけないことに、なんと小学生までも、私の甥たちに、この砂漠のおばさんに会いに連れて行ってほしいと頼んだのです。
 私はこのことを知って、どんなに誇りに思いうれしかったかしれません。私もほんとうに子供の三毛になりたいです。なぜなら、『聖書』で繰り返し言っています。――「汝ら、幼子のごとくなれ。それによってはじめて天国に入ることができる。天国は彼らのものだから」
 親愛なる小さな読者の皆さん。私はあなた方のことをとても大事に思っています。三毛の本が、重苦しい授業の余暇に、どうか、いっときのくつろいだ時間をもたらすことができますようにと、ひたすら願っています。
 もし皆さんがまだこの私のような小人物三毛をいやにならなかったら、私はずっとお話をする人を続けたいと思います。私はなにもりっぱな道理など話すことはできません。私には学問がありませんから。でも、これからの日々、やはり絶え間ない努力を続け、私の手で、私の口にすることを書き、私の口から出る言葉で、私の心の声をお伝えしたいと望んでいます。
 時にはしばらく沈黙して、もう書かないことがあるかもしれませんが、どうかだらけていると思わないでください。そしてさらに、三毛はもうどこか遠くへ行ってしまって跡形もない、いったいどこへ行ったのやらと思わないでください。
 もし私が突然書くことを停止してしまったら、それは私が自分を育てている、自分を沈澱させている……自分に言い聞かせている……というだけの意味なのです。書くことは、大事です。しかし時には筆を置いて書かない、これはより大事なことです。
 今のところ、私はやはり書くことへの興味も材料もあります。だからやはり以前すでに始めたマラソンを続けなければなりません。遠くない将来、三毛が一冊一冊と新しい本を出版した時、私を大事に思ってくださる読者たちに是非とも私の黙々たる努力を見ていただきたいと思います。
 私の本は一ヵ月半という短い間に、すでに第四版が出版されました。読者の私に対する支持と激励に感謝申し上げます。私にとって、ものを書くということは、なにも他人のためではなく、ましてや名を成すためではありません。しかし、読者からの熱烈な反響が、平凡で単純な家庭の主婦である私に、今後よりいっそう努力して邁進しなければならない道を認識させてくれました。これは私が生涯皆さんに感謝しなければならないことです!
 来月、私は家庭と夫に対する責任のため、再び私の家、私の国に別れを告げ、はるか遠く離れた北アフリカへ帰らなければなりません。私を大事に思ってくださる友人の一人一人に充分な時間を取って、集まったり、話しあったりすることができず、とても名残惜しく、とても申し訳ないです。
 友人の皆さん、私たちはもともと知り合いではありませんし、今でもまだお会いしていません。でも人生において知り合うために必ずしも出会う必要はないし、出会うために必ずしも知り合う必要はないのではないでしょうか。
 台北に居ても、私は皆さんの近くに居るとは感じませんし、アフリカに居ても皆さんの遠くに居るとは感じません。ただ互いに知り合い、そのことを喜びに思っておりさえすれば、遥か彼方も実は近隣のようなものです!
 あらためて皆さんの温かい心に感謝いたします。忘れないでください。三毛はちっぽけな人間ですが、でも広い心をもっています。その心の中に、世界中の三毛の愛するすべての人を受け入れることができます。
 私に命を与えてくれ、育み、変わることなく愛し守ってくれている私の両親、彼らはいつでも私を喜んで迎えてくれる私の家を与えてくれました。この安らぎの港で、私は完全に解放され、思いっきり外では得ることのできない温もりと愛を享受しています。
 神が私に永遠の信仰を与えてくれたことに、感謝しています。神は私が無事帰郷したのを迎えてくれ、また私を伴って一路北アフリカの夫のもとへ飛び立とうとしています。
 私はなんと幸福なことでしょう。肉親の情、友情、愛情、どれもみな欠いていません。
 私は自分の生命という小さな船の舵をつねに握っていますが、しかし暗闇の中、私のために静かにきらめく道標の星を掲げてくれたのは、私の神なのです。神が命ずるとおり、私はどこへでも行きます。心の奥底に、恐れはなく、哀しみはなく、あるのは一抹の惜別の情だけです。
 神の永遠不変の大いなる愛のゆえに、私は一人一人の人を、世界中の一株の草一本の木一粒の砂を愛することを学ぶことができるのです。
 お会いしたことのない友人の皆さん、ありがとうございます。願わくは人長久にして、千里を隔てようとも、共に月をめでんことを。
 平安と喜びの日々を祈ります。

三毛より

版元から一言

 三毛の砂漠に関する作品はサハラの民・サハラウィの生活を伝える数少ない貴重な記録でもある。サハラの人々の、ひと粒ひと粒、砂の中に消えていった尊い命の物語もここには書き留められている。
 三毛が暮らした時期から四十年を経た今、益々複雑化する世界情勢の中で、サハラウィの国は今なお一片の幻に過ぎず、多くの命が存亡の危機にさらされている。現代に生きる人々にこそ三毛の語る物語に耳を傾けていただきたい。三毛の語る物語が、彼らに対する理解を深めるよすがとならんことを祈っている。
(訳者「あとがき」)

著者プロフィール

三毛  (サンマウ)  (

 本名陳平。1943年中国四川省重慶で生まれ、5歳の時に家族と共に台湾に渡る。中学2年の秋から引きこもりの生活に入り休学。その後中国文化学院(現・中国文化大学)哲学系で聴講生として学んだ後、スペインに留学。1974年、サハラ砂漠でスペイン人のホセ・マリア・クェロと結婚。砂漠での生活を題材にした物語「中国飯店」が台湾の新聞に発表されるや、三毛フィーバーを引き起こし、主に自らの生活を題材とした作品を次々と発表。夫ホセの死後、1981年に台湾に戻る。その後も執筆活動を続けるが、91年に死去。享年48歳。

妹尾加代  (セノオ カヨ)  (

 高知県出身。京都外国語大学英米語学科卒業。1964年9月より1年間、台湾省立師範大学(現・国立台湾師範大学)国文系に留学。

訳書:三毛『サハラ物語』(筑摩書房、1991年)
共訳書:藍博洲『幌馬車の歌』(草風館、2006年)
監訳書:鄧友梅『さらば、瀬戸内海!』(周南地区日中友好協会中国語講座「悟空」、2012年)

上記内容は本書刊行時のものです。