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慎太郎の老醜

 最近の石原慎太郎を見ていると悲しくなる。
 12チャンネルなんかで厚化粧の昔のアイドルが出てきて、出なくなった声を無理やり張り上げて昔のヒット曲を歌っているのに遭遇することがある。思わず目を伏せて、あわててチャンネルを変える、あれと同じ気分だ。
 昭和30年代、石原慎太郎はたしかにヒーローのひとりだった。あのころ、日本人はみんな貧乏だった。少しずつ立ち直ってきつつあったが、自信なんてあるわけがない。もちろん拠るべきモラルや価値なんてものもどっかにふっとんでしまっていた。でも、底のほうにエネルギーらしきものがちろちろ感じられた。 (さらに…)

アメリカを拒否する

 昨年、韓国で20何人かの女性が殺害された事件があった。
 そのあと、朝日新聞夕刊の4こま漫画「地球防衛家のヒトビト」(しりあがり寿)でさっそくこの事件のことを取り上げた。

 地球防衛家の亭主「いやー 韓国の殺人事件スゴイなー」
         「なんかハッキリしない動機で20人以上の人を殺して…」
         「やっぱり死刑になるのかなー…」
地球防衛家のかみさん「それをいったらさ…」
          「証拠もないのにヒトの国に攻めこんで何千人も殺したどっかの国は何の刑になるんだろーね」

 かみさんはぼやいているのではない。怒り心頭に発しているのである。そして、アメリカが証拠はなかったということを正式に認めたのはご存知のとおり。でも、その記事はあまりに小さかった。もう、みんな、忘れたのだろうか。「サッダーム・フセインは核兵器や化学兵器を隠している。だからイラクを攻撃するのだ」とブッシュが言明したことを。忘れたとしたら、イラクで殺害された1万人以上の人はあまりにかわいそうだ。
でも、結局、アメリカは何の刑にもならない。あやまりもしない。しかも、そのことに対してわが小泉ポチ宰相は知らんふり。
こんなことでいいのだろうか。私は絶対にアメリカを許さない。といっても、テロに走るという気はありません。アメリカを「拒否しよう」と思います。
具体的には(急にみみっちくなるんだけど)、まずアメリカに行かない。アメリカの映画を見ない。アメリカの音楽を聴かない。アメリカからの輸入品を買わない。マクドナルドにも行かない。松井は好きだけど、メジャーリーグの試合なんか見ない。
馬鹿みたい? かもしれない。ま、カエルのつらにションベンてなところだろうな。でも、言わなきゃわからないし、言い続けなければ意味がない。アメリカ人の大多数はアメリカが世界中から好かれている、そしてうらやましがられていると思っており、それがアメリカの愚かな行動の最大の要因なのだから。カエルだって、次から次へと小便をかけられば、そのうち自分がいやがられていることがわかるだろうさ。
第2に、実際には、残念ながら、地球上のほとんどの人はアメリカが好きだ。枯葉剤をばらまかれ、クラスター爆弾を雨あられと落とされて、国土をめちゃくちゃに蹂躙され、何百万もの同胞が殺されたベトナム人だってそうなんだから(原爆を落とされた日本人もだ!)。ただ、そのアメリカは、実物のアメリカではなく、「ランボー」や「ロッキー」、馬鹿でかい冷蔵庫やプールとグラマーな美女という「想像の」アメリカだ。つまり、無限の富と自由という人間の夢とイコールのアメリカ。
確かに、アメリカには、メジャーリーガーの何百万ドルというギャラに象徴される、目もくらむような富を得るチャンスはある。でも、その裏になにがある? 毎日何人が銃で殺されている? アメリカ人以外は人とは思わない恐るべき偏狭さと傲慢、無知、無神経、差別、格差、荒廃。しかし、みんな、そっちは見ようとしない。「夢」とアメリカを同一視してしまう。
そりゃ、富と自由をキライな人間なんていないさ。だから、みんな自分の中に「アメリカ」を抱えている。だから実物のアメリカがむちゃくちゃやっても、本当には非難できない。
アメリカを拒否するというのは、自分のうちなるアメリカを否定するということ。まあ、完全に否定するのはなかなか難しいから、見直すと言っておこう。私は別にイスラーム教徒ではないけど、無限の富や無限の自由なんて、神の領域を侵していると言えないだろうか。ほんと、まじめに考えているとイスラームに肩入れしたくなるよ。

小泉首相はまちがっている

宮崎県の高校生が「平和的な手段によるイラクの復興支援、自衛隊や各国軍隊の撤退を呼びかける5358人の署名付き嘆願書を内閣府に提出した。小泉首相はそれに対して「この世の中、善意の人間だけで成り立っているわけじゃない。なぜ警察官が必要か、なぜ軍隊が必要か。イラクの事情を説明して、国際政治、複雑だなぁという点を、先生がもっと生徒に教えるべきですね」と述べたという。これがわれわれの国の首相だ。がっかりしてしまう。勇気と信頼を旗印にしているのじゃないのか、君は。もう少し心のこもったことを言ってくれよ。善意の人間というのはブッシュか? おまえか? 善意じゃない人間というのは誰だよ? こういう(苦しい言い訳でアメリカのイラク攻撃と自衛隊派遣を正当化しなければならない)状況をつくったのは誰だ。
小泉首相の自衛隊派遣の理由は次の3点だ。
1アメリカのイラク侵攻は正しい。そのアメリカから頼まれたのだから断れない。
2汗を流す(つまり殺されるということ)国際貢献が求められている。
3自衛隊は戦争に行くのではなく復興支援に行くのだから、日本の軍国主義復活の懸念はない。
全部まちがっている。
アメリカのイラク攻撃の「大義」=「大量破壊兵器の隠匿」が根も葉もないでっちあげだったことが明らかになり、ブッシュやパウエルがあせっているのは周知のとおり。要するに、自分の言うことを聞かない国はやっつけるんだ、理由はあとで考えればいい、ということだ。めちゃくちゃだ。そのためにイラク人が1万人近く殺され、アメリカ兵が「戦争勝利宣言のあとだけで」500人以上も殺されている。かわいそうに、彼らは何のために死なねばならなかったのだろうか? 日本の首相は言った。「まだないとわかったのではないでしょう」。悲しくなるよ。
汗を流す国際貢献なんて誰が求めているのだろう。湾岸戦争のとき日本はいっぱいお金を出したが、どこも評価してくれず肩身が狭い思いをしたという。いったいどこの国が日本の「お金だけの」支援は意味がないと言ったのか? いったいどこの国があの時日本は自衛隊を出すべきだったと言ったというのか。どこもそんなこと言っていないのだよ。勝手に日本の誇大妄想狂の連中がそう思い込んで(あるいは意図的に)吹いているだけなのだ。「お金だけで」なぜいけないのだろう? 日本は戦後そうしたから、今この繁栄と平和を享受しているんだ。勇気を持って「お金しか出さない」と言うべきだろう。それが本当の勇気だと思う。弱いやつの頭をはたくのが勇気じゃないよ。
そして、いつか日本の歴史を振り返ったとき、あれが暗い時代に逆戻りした第一歩だったと言われる、だろうな。むなしい。

いさましい話

 アメリカが勝利宣言したあと、イラクでアメリカ兵がどんどん殺されている。「戦争は終わったはずなのに、どうして? ひょっとしてベトナムやソマリアの二の舞?」と、アメリカではだんだん暗ーくなっているという話だが、アラブに詳しい人に言わせれば、どうしてもへちまもない、あたりまえじゃないか、ということになる。イラクでもまわりのアラブ諸国でも、戦争が終わったなんて考えている人はひとりもいない。(アメリカが一安心した)これからだ、と思っているというのである。そうだろうな、と思う。敵が圧倒的戦力でやってくれば、逃げて死んだふりをするというのは、別にアラブの専売特許ではない。

 そいでもってブッシュは「イラクの残存勢力」に対して「かかってこい」と言ったとか。英語だと「カモン!」て言うのかな。最新鋭のクソ頑丈な戦車の中で防弾ガラスごしに、外のアラブの女こどもに向かって、人差し指をヒコヒコさせて「ヘイ、カモン」とやっているGパンのおっさんの「図」がすぐ目に浮かぶね。
なにしろブッシュはいさましいからな。いさましくて、言っていることがわかりやすい。「アメリカは世界で一番いい国だ。だから、アメリカのやりかたをまねれば、どこの国も幸せになれる。アメリカのやりかたをまねしない国も人も悪だ。悪は滅ぼさねばならない。だから殺す。」
これに尻尾をふってワンワン言っているのが小泉だ。
「日本は軍備を持たない。だから自分の国を守れない。アメリカに守ってもらう約束だ。だからアメリカの言うことはなんでも聞かなくてはいけない」
 わかりやすいねー。だけど民主党の若手の言うことも分かりやすいよ。
「なんで日本がアメリカの言いなりになる必要があるんだ。自分で守ればいいじゃないか。憲法? 変えればいいじゃないか。自分のことは自分でやるんだ」
 マッチョだねえ。すっきりするねえ。
「どこの国も汗を流しているんだ。日本も汗を流さなくちゃ」これは小沢か。汗を流すというのは死ぬということなんだよ。
 どれもわかりやすい。でもね、わかりやすいとか、いさましいとか、マッチョとかいうのは警戒したほうがいいと思うよ(なんか吉田司みたいになってきた)。

 彼らに共通しているのは、人の命に対する気持ちの薄さだ。使命も誇りも、そりゃ大事だろうよ。だけど、そのために人を殺していいのかよ。今、イラクで殺されているアメリカ兵はいったい何のために死んでいるのかと思う。かわいそうとしか言いようがない。もちろん、そのアメリカ兵に殺された、人数もはっきりしないイラク人の存在がある。こうした「死んでいった人たち」「これから死ぬであろう人たち」のことを彼らはどこまで考えているのだろうか。
 そんなことを思うと、守旧派の悪の権化みたいに言われている野中や後藤田が理屈ぬきに自衛隊の海外派遣に反対するのを見て、ほっとする。彼らのような戦争経験者がいなくなったら、日本はどうなるんだろう。
 確かに、自衛隊という「軍隊」を持ちながら戦わないというのは理屈に合わないし、ぐちゃぐちゃ言って、結局「身体をはらない」のはみっともない。かっこわるく映るかもしれない。でも、そういうみっともない、いさましくない道を選んだから、今の日本があるわけだろ。なら、それでいいじゃないか。いさましくて人を殺すのと、みっともなくて人を殺さないのと、どっちがいい?
石原慎太郎の初期の作品に「処刑の部屋」ってのがある。不良大学生のケンカの話だが、その中で登場人物の1人がこう言う。
「俺はM大の奴等はきらいだ。奴等は何であんなに矢鱈切ったり突いたりするんだ。相手が死ねばそれ切りじゃないか。奴等は他人の体で遊んでるんだ。電気のスパークみたいでパッパッと、それ切り何も考えちゃいねえ。奴等は手前が何をやっているのか、何をしたいのかそれを知らないでやっているんだ、子供だな、いや気違いだ、俺は奴等を見ていると怖いんじゃなく、唯ぞっとする。」
あの慎太郎でさえ、これだ(あんまり関係ないか)。

とにかく、いさましくわかりやすい話には乗らないようにしようと思う。ヒットラーだって毛沢東だってポルポトだって、言ってることはいさましく、わかりやすかったんだぜ。

アメリカとの訣別

 9月11日に「イスラーム教徒の言い分」という本を出した。タイトルどおりの本だが、読んだ知り合いに新聞記者が「過激ですね」と評した。「どこが?」と聞いたが、納得のいく返事はもらえなかった。腰帯に「アメリカはおかしい」と書いた。どうもそのあたりが「過激」のもとらしいが、9月11日前後に出た日本の雑誌を見てごらん。「アメリカはおかしい」の大合唱じゃないか。西谷修なんか、イスラーム教徒よりよほど過激だぜ。おっと違った、表現がより濃ーい、あるいはアジ的だと言い直そう。しかし、言っている内容はイスラーム教徒とほとんど変わらない、きわめてまっとうなことだ。日本人やアメリカ人(!)の評論家が言えばナルホドで、イスラーム教徒が言えば「過激」となるのか。絵に描いたような偏見だ。新聞記者がこれだから…なんてこと言ってもしょうがないな。

 それはさておき、多くの日本人が「アメリカがおかしい」と考えているのは当然のことで、健全だと思う。サッダーム・フセインがいい指導者だとはみじんも思わないが、「サッダームの首がほしい」(比喩じゃないよ)とか「国連が討議するのは勝手だが、アメリカはそれに従う必要はない」なんて政府の高官が言う国は明らかに「おかしい」。

 先日、カナダのテレビ局が作ったドキュメンタリー番組を見た。ベトナム戦争中にアメリカ軍がラオスに落としたものすごい量の爆弾が不発弾となって残っており、昨年もベトナム国境沿いに住む農民がそれに触れて、100人死んだということだ。タイの基地から出撃したアメリカのパイロットは、ベトナムやホーチミンルート(ほとんどラオス領)をめちゃくちゃ空爆しただけでなく、基地に戻るとき余った爆弾を全部ラオス領内に「捨てて」いったという。ひどい話じゃないか。90年代以降、アメリカは戦争で行方不明になったアメリカ兵の捜索に必死になった。ラオスにも、いくつものミッションが送り込まれた。しかし、自分たちの爆弾で現に死につつあるラオス人に対しては、補償どころか、謝罪ひとつしていない。

 もちろんベトナム戦争だけじゃないよ、アメリカがひどいのは。ソ連の南下を防ぐため、アフガンのムジャヒディンに援助し軍事訓練をしてアルカイーダを作り出したのは誰だ?そのアルカイーダが9月11日に貿易センタービルに突っ込んだというなら、その犠牲者にまず謝罪すべきはアメリカ政府じゃないのか。アメリカのアフガン攻撃以後、世界はどうなった? 喜んだのは中国、ロシア、イスラエルだ。「テロ集団」と言ってしまえば、公然と邪魔者の殺せるようになったのだから。チベットで、新彊で、チェチェンで、パレスチナで何十万の人が悔しさに歯噛みしながら殺されたことか。世の中、暗い。

 しかし、これだけアメリカがむちゃくちゃやっても世界がそれを止められないというのは、世界のほう、つまり私たちの中にそれを受け入れるものがあるということでしょうね。確かに、戦後、世界中でアメリカはひとつの「理想」だった。アメリカと闘ったベトナム人の大半がアメリカ大好きと言う。アラブの人たちもアメリカの生活はあこがれる。日本人だって、みんなアメリカにあこがれていた。それは「無限の自由」「無限の富」ということかな。しかし、そんなもの、人間は求めてはいけないのだろうね。だいたいメジャーリーガーの年俸40億とかいうのは間違っていると思うよ。人間は元来がおろかな存在だ、そんな人間には人間の分というものがあって…なんて言うと、イスラーム的になってしまうが、イスラームがけっしてベストだとは思わない。そうやって他に「価値」を求めていくとろくなことにならない、というのはつい最近までみんなが経験してきたことだ。まずは自分のうちなるアメリカと訣別しよう。それからだ。とりあえず、100円ショップでがまんしよーっと。

アメリカとイスラーム

 ここのところ気になっているのは、当然ですが、アメリカとイスラームのことです。

 アメリカについては、気になっているというより、「頭にくる」だな。アフガン空爆、フィリピンのバシラン島への軍事顧問団派遣、悪の枢軸発言、パキスタンへのゆさぶり、そして例のごとく、パレスチナへの積極的不介入。あいつらいったい何を考えているんだ。だいたい、9月11日に犠牲者にまず第一に謝るべきだったのはアメリカ政府だよ。対ソ戦略のためにムジャヒデンをあやつり、オサマ・ビン・ラーデンとアルカイーダをつくったのはアメリカじゃないか。目的はソ連の南下阻止だというが、それはつまりカスピ海沿岸の石油資源の権益独占だ。要するに、自分たちの利益のために、他国で他人をそそのかして、テロリストをそだてあげ、そのテロリストがアメリカ国民(ばかりではなく日本人もだ)を殺したんだから。「テロ撲滅」という「大義」が聞いてあきれるぜ。

しかし、考えてみれば、アメリカは何十年も世界中でこんなことばっかりやってきているんだ。ベトナムのことはいわずもがな。あいつらラオスとカンボジアでどれだけ爆弾を落としたと思う?ラオスの当時の人口は300万人、そこに爆弾300万トン。1人に1トンの爆弾がふりそそいだ勘定だ。カンボジアのベトナム国境に近いほうはもっとひどかった。でも、アメリカは一言も謝罪しない。もちろんベトナムに対してもだ。ニクソンはベトナム政府に戦後賠償の約束をしてたんだぜ。知らん振りはアメリカの得意技その1だよ。

アフガンの誤爆で民間人を殺傷したことをアメリカの軍はしぶしぶ認めた。そして、犠牲者に補償金を支払った。いくらだと思う? 1人1000ドルだと。10万円ちょっとだぜ。しかも、謝罪するつもりはないと軍は「明言」してるとのことだ。やつらにとって、アジアやアフリカ、アラブ、中南米の人間の命は「屁」みたいなものなんだ。いかにしてアメリカ兵が傷つかずにできるだけ多数の「敵」を効率的に殺すことができるか、そんなことに知恵を絞って、そのとおりにアジア人やアラブ人が死んでいったら、「やった、やった」って握手して喜んでいるんだぜ、やつらは。戦争なんてそんなもんだよ、なんてわかったようなことを言ってもらいたくないね。こんなこと許してはいけないんだ。

よくアメリカ人はいいけど、アメリカの社会はいいけど、アメリカの政府はまちがっているなんて言う奴がいる。そんなことあるもんか、アメリカ人がおかしいから、アメリカ社会がおかしいから、アメリカ政府がおかしいんじゃないか。9月11日のあと、あるテレビ局がアメリカの市民に「なぜアメリカはこんな目にあわなければいけないのか」と聞いていた。そしたら、お目目ぱっちりのかわいい女の子が「彼らは私たちの豊かさと自由に嫉妬しているのよ」なんて言っていやがるの。あきれると同時にぞっとしたね。根は深い。アメリカ人に「他人を理解し、受け入れる」という寛大さ、やさしさを期待するのは無理なんだ。本当にいやなやつらだ。しかし、いやなやつらだからといって否定するというわけにはいかない。そんなことしたら、こっちもアメリカになってしまう。だけど、ぼやぼやしてたら、日本もアメリカの策略に巻き込まれてしまう。やつらに仁義なんてないからなあ。

出版人としてできるのは、「忘れない」ということだろうと思う。日本人はすぐ忘れてしまうからな。アメリカの悪事をきっちりと暴き、執拗に批判していくことだろうな。しかし、みんな、びびって書こうとしないんだな。なさけない。

イスラームのことは長くなるから、やめよう。ただ、イスラームは割りを食っているのはたしかだ。つい最近までイスラームといえば「剣かコーランか」というイメージしかなかった。「十字軍」というのは正義だとばかり思っていた。そう学校で教わってきたんだから。「草刈り十字軍」なんてのがあるぐらいだからなあ。ムスリムという隣人とちゃんとつきあえるまでには時間がかかるだろう。でも、これも大事な仕事になると思います。