『立花隆の無知蒙昧を衝く 遺伝子問題から宇宙論まで』
昨年10月に、社会評論社から『立花隆の無知蒙昧を衝く 遺伝子問題から宇宙論まで』(京都大学名誉教授・佐藤進著、46判・224頁・定価 1800円+税)が刊行された。この本は忽ちの内に4刷になるほどよく売れた。企画のユニークさや売行き部数からしても久々の快挙である。この本の企画は、社長の松田健二さんが「文藝春秋」を読んでいて立花隆の論調がどこかおかしいとは思いつつも、その根拠がなかなか理解できない、という苛立ちに端を発して、誰か遺伝子組替問題や生命科学、宇宙論についてきちんと立花隆の論調を批判的に検証できる人はいないものかと想いあぐねていて京都大学の佐藤進さんにお願いしたという。
本文は5章に分かれていて、
「第1章 遺伝子組み替えとは何か 遺伝子操作の実態/
第2章 自然の摂理とは何か 現代物理学の進展と限界/
第3章 生命の起源と進化 分子生物学の到達点/
第4章 性と生・死 生命科学はどこまで解明できたか/
第5章 無知蒙昧と神への侵犯 科学技術文明のゆくえ 」
である。
かなり専門的な理系の知識が必要なところもあるが、総じて現代科学・技術の先端情報とその危険性について懇切丁寧な解説を試みながら、立花隆の「無知蒙昧」を批判的に検証し、その無節操なイデオロギー的喧伝を戒めている。
立花隆という人は、「田中角栄の研究」で華々しく登場し、希代の政治家・自民党総裁の田中角栄を政権の座から引き下ろすきっかけを作った。この辺りまでは結構真面目に考えていたのだろう。最近では、脳死・臓器移植問題に絡んで、立花隆はかつての自身の主張を変えて「ドナーカードを持とう」と熱心である。臓器移植法が施行されて初めての脳死−臓器移植手術の騒ぎは尋常でなかった。あの騒ぎを目の当たりにして殆どの人は「ドナーカード」など絶対に持つまいと思ったに違いない。大体、医者や看護者や厚生省の役人など、この間一人として医療関係者が臓器を提供したというハナシは聞いたことがない。私は宗教的な信念や因習で「ドナーカード」を持たないのではではない。先端医療技術の進歩の名の下に殆ど全くと言っていいほど信頼のおけない病院で、脳死とはいえ人体実験にも等しい処遇で利用されるのがイヤなのである。臓器を提供されて助かる人がいたとしてもである。吉本隆明は、同じ時期に立花隆とは逆に「私はドナーカードを持たない」と主張している。さすがである。
20世紀末にクローン羊が誕生し、ヒトゲノムが解読され、21世紀はナノテクノロジーをはじめ先端技術の実用の時代、自己決定の時代だという主張が新年早々の新聞・テレビの特集で埋められた。果たしてそうなのか。佐藤進さんは言う。「地球環境が多くの生命体を生み出したことは、…地球が開放定常系であるから、熱力学第二法則に反することなく可能である。が、生命系への自己組織化原理がどのようなものであるかについては、未だ解決の糸口さえつかめない現状である」と。簡単に言えば、35億年前に生命体がなぜ地球上に誕生したのかまだ何も分かっていない、ということです。また、ヒトや他の「『「生物が生きている』ということが何ひとつ分かっていない段階では、ゲノム解析が極めつくされようとも生命体を左右することはできないだろう」と。是非とも一読をおすすめしたい1冊である。